
「なんで朗希くんって、あんなにすごいのに叩かれたり、評価がイマイチやったりするんやろ?」
誰もが持ってるそんな疑問から始まる今回の記事。
明暗をつくってマスコミの餌食にされるんか?
数字だけでは測れへん、佐々木朗希選手のメンタルについて、おばちゃんの目線で考えてみました。
佐々木朗希選手の“心の奥”にあるもの
東日本大震災で、9歳のときに父親と祖父母を一瞬で失った話
東日本大震災は、2011年(平成23年)3月11日14時46分に太平洋を震源として発生した超巨大地震です。
現在の小学生は当時のニュースを知らない世代ですね。
当時9歳だった朗希は岩手・陸前高田の高田小学校で震災を経験した。
生まれ育った街は瞬時に津波に飲み込まれる様子を高台から茫然自失状態で見ることに。
その時、自宅は失い、父・功太さん(当時37歳)と祖父母までを亡くしました。
ある雑誌のインタビューに応えた佐々木朗希選手は、「今でも当時のつらさとか悲しみは脳裏からなかなか抜けない」という。
その中で、「今、こうして打ち込めてるのはたくさんの方々の支えがあってのことだと思う」と、さらに佐々木朗希選手は「支えてくださった方々に感謝しかないと・・・」と辛い経験を口にしました。

あの日から、心の奥にしまい込んでる「喪失感」
あの日の津波で、お父さんとおじいちゃん、おばあちゃん…一気に家族を3人も失ったんやもん。
まだ9歳やで?小学校3年生。
ほんまやったら、お父さんにキャッチボールしてもろたり、晩ごはんの時に「今日学校でな〜」って話したり、そんな当たり前の毎日があったはずやん。
でも、あの日から、朗希くんの世界はガラッと変わってしもた。
泣いても叫んでも戻ってけぇへん現実に、ちっちゃい心はどうしたらええかわからんかったと思うわ。
せやけどな、朗希くんは「それを口に出さへん」タイプやと思うねん。
きっと今も、その喪失感を心の奥底に、誰にも見せんようにギュッとしまいこんでる。
それでもちゃんと生きて、野球をしてる。それだけで、もう拍手もんやでほんま。
見た目はクールでもな、心の中にはちっちゃい頃の“あの日の悲しみ”をずっと抱えてる。
そんなメンタルの強さと、繊細さを持ってる子やとおばちゃんは思てるんよ。

「野球があったから頑張れた」朗希くん自身の言葉にある、メンタルとの向き合い方
2025年の2月、大船渡で山林火災があったんやけど、そこにドジャースから1500万円もの災害見舞金が贈られたんやて。
しかもやで?そのうち1000万円は見舞金、さらに寝具が500セットも寄付されたって話や。
そんなん聞いたら、おばちゃん泣いてまうわ…。
「ほんまにありがたい」「朗希くんとドジャース、ずっと応援するわ!」「LAのチームやのに心が日本に寄り添ってくれてるなんて感動やわ」
…って、ネットでも感謝の声がぎょうさんあふれてたんよ。
そやけどな、これってただのお金ちゃうねん。
朗希くんの「地元愛」がギュッと詰まったもんや思うねん。
陸前高田で生まれて、大船渡で育って、震災で大切な家族を亡くして。
あの悲しみを、もう誰にも味わってほしくない。
そんな気持ちが、あの寄付になったんとちゃうかな。
寝具の寄付ってとこにも、おばちゃん、グッときてもうてな…。
震災のとき、避難所で寝る場所もなかったあの経験が、今に活きてるんやなぁって。
「寝るとこあるだけで、ちょっとホッとできるやろ?」っていう、朗希くんのやさしさがよう伝わってきたで。
ほんま、あの子はお金よりももっと大きな「気持ち」を動かしてくれる人やねん。
おばちゃん、ますますファンになってしもたわ。

そらもうな、9歳でそんなん経験したら、大人が思うよりずっと重たい気持ちを抱えてると思うわ…。
せやから、外に強く見せる裏に、繊細で敏感な部分があるんちゃうかなぁ。
ロッテとの信頼関係
ロッテでの待遇や球団とのコミュニケーションが表ロッテでの過ごし方とか、球団とのやりとりって、あんまり表に出てけえへんやろ?
なんやそのへんがフワ〜っとしてるからか、「甘やかされてるんちゃうの?」みたいな声が出てくるんよね。
でも、おばちゃん思うねん。
もしかしてやけど、それって本人と球団とのちょっとした距離感があるせいかもしれへんな〜って。
なんとなくスッと見えてこない関係性が、外から見ると「特別扱いされてる」ように映ってまうんやろねぇ。
今年の158冊目。
吉井理人「最高のコーチは、教えない。」(2021)
を読みます📖現ロッテの監督で侍ジャパンのコーチでもある
吉井さんのコーチ論を綴った一冊。
今で言うと佐々木朗希投手を育てた方なので
どういう考えを持っている方なのか楽しみ🙂
表題から察すると自分で考えさせるのかな?#読書 pic.twitter.com/qz7uT3glyl— Moonstone, The (@Kohsg23) March 8, 2023
ほんまのところな、ぜんっぜんちゃうねん💨
千葉ロッテの吉井理人監督、あの人はな、メジャー経験あるやん?
せやけど、自分がメジャーに行ったんは33歳のとき。
「もっと若い時に行けてたらなぁ…」って、今でも思うてはるみたいやねん。
せやからこそ、「選手が一番ええ時に、全盛期にメジャー挑戦させたってやりたい!」って、ほんまにそう考えてる人なんよ。
朗希くんのメジャー挑戦に関しても、ただの思いつきとかそんなんやなくて、
吉井監督なりにいろいろな角度からちゃんと見たうえで、「いまや!」って背中押してあげたんやと思うわ。
しかもドジャースってな、育成の体制も整ってるし、怪我してもうてもちゃんと復帰までの道筋を立ててくれるんやって。
そやから監督も「大丈夫や!」って思えたんやろね。
ロッテとの関係が表に見えてこーへんから、「距離あるんちゃうん?」って言う人もおるけど、
吉井監督の思いや考えを知ったらな、「あぁ、ちゃんと見守ってくれてたんやな」って、きっと伝わると思うで〜。
メジャーのメンタル適応機関を乗り越えろ
ほらな、言いたい放題の声って、どうしても耳に入ってくるやん?
「アメリカ向きちゃうんやろな」
「朗希、真面目すぎて合ってへんのちゃう?」
「根が暗そうやし、海外ムリちゃう?」
…ってな、ま〜いろいろ言われとるわ。
正直、ちょっと辛口すぎて、聞いてて胸がキュッとなる時もあるけどな…。
でもな、みんな忘れてへん?
朗希くん、まだ23歳やで? ピチピチの若者やん。
メンタル面で不安定になることもあるやろし、慣れん海外生活や言葉の壁、文化の違い…そら戸惑うって。
【日米メディア“報道文化の違い”】
ドジャース 佐々木朗希がIL入り。米報道は「再調整のチャンス」と冷静、日本は「期待外れ」と厳しめ──23歳で壁にぶつかるのは当然。
これは終わりでなく、再出発の始まりだ。誰よりも繊細に投球と向き合う男の“本当の勝負”はこれから。 pic.twitter.com/CkW2si0n5r
— ショウタイムズ【公式】 (@shoutaimuzu) May 20, 2025
ドジャースのメンタルコーチさんが、ちゃんと言うてくれてはったよ。
「ショウヘイ(大谷翔平)も、いきなり成功したわけちゃう」って。
せやせや!大谷くんかて最初はアメリカでいろいろ苦労してたんよ。
それでも、今やどうよ? 世界のスターやんか!
朗希くんも今は“適応期間”。
慣れてへん土地で、自分のペース見つけようとしてる最中なんやと思うねん。
人間誰でもそうやけど、慣れるには時間かかるやん? 特に繊細なタイプやとね。
ドジャースの球団も、そこちゃんとわかってくれてて、
「焦らんでええ。長い目で育てていくで〜」って、見守ってくれてるのが救いやわぁ。
おばちゃんはな、そんな朗希くんを、陰ながらぎゅ〜〜っと応援しとるんよ。
焦らんでええ、比べんでもええ、今は“土台”作ってる最中や。
そのうち殻破って、ドカーン!と活躍する日がきっと来る思うてるで!
まとめ
- 佐々木朗希選手の“心の奥”にあるもの
- ロッテとの信頼関係
- メジャーのメンタル適応機関を乗り越えろ
朗希くん、しんどい時もあるやろうけど、おばちゃんは見てるで!誰かに信じてもらうって、それだけで人は強くなれるもんや。
無理せんと、ありのままで頑張ってや!
この記事を書いてる人
私はな、もう全力で大谷翔平くんを応援してる“保護者系おばちゃん”ですわ。
あの子、ほんまようできた子やで。うちの推し、世界一!
実はうちの息子とダンナも昔は野球してたんやけど…その“到達レベルの差”がエグい!
家では翔平くんの話は禁句やけど、ここでは遠慮なし!
おばちゃんの愛とツッコミたっぷりで、翔平くんたちのすごさを語っていきますさかい、気軽にのぞいてってな〜

